角部屋日記

あったりなかったりすること

書き途中で、いつか続きを書くかもしれないための書き途中。

更新①:2024/01/22
更新②:TBD

 

書き途中で、いつか続きを書くかもしれないための書き途中。

 

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真面目な話に、真面目に「アホくさっ」って返答する他者がいたとして、

たとえば、あなたは僕をどう解釈する立ち位置にいてくれるだろか。ある人は僕のことを「単純」とか「わかりやすい人」といい、またある人は「全然わからない」「遠くにいる人」とか「飄飄としていて掴めない」と言う。どちらもたぶんそうであって、どちらを言われたとしても正直にそう言ってくれているとしたら僕は嬉しいと感じるんだろうと思う。

分かってくれているサイドに立つ人からしたらそれはたぶん言語や感覚が近い人で、(僕ですら自分がようわからんのに、なんでそんな簡単に分かってくれるん?もしかしたらわかる部分だけで分かっているかもしれんのにみたいなめんどいのはいったん横においといて)、逆に分からんサイドに立つ人はわからんのに一緒に居てくれるとか、わからん風になってしまっている僕のせいよなとか、わからんくてもわからん言ってくれるのかでもある。たまにわからないことが寂しくなるよと言われてしまうと、どうしたらいいんやろではあるが。

分からんにはたぶんいろいろ要因がある。僕が他者をわからんのと同じようなこともあるし、僕が他者に語らない僕というのが多分にあるし、違う人(わからんとは微妙に違う)として小さい頃からいろんな人に接せられてきたからもうそういう立居振舞が僕のデフォなのかもしれんとも思う。

ていうかそもそも僕は誰かに僕のことを「わかってほしい」とか「しってほしい」っていう欲求があったのだろうかでもある。たぶんあるんだろうなと思うし、そういう欲求を知らず知らずにぶつけてきたこともあるだろうけれど、自分でも本心かわからん理性に問えば、それは僕にとって難しくて、怖いことだよねと言ってくる気がする。(気がするとか言っている時点でほらほらほらであるが)

遠慮とか以前にそういう勇気(って言ってしまうとなんかちゃうねんけれどまあいまんとこそれが近い)がないなとは思う。そうしていいよみたいな安心感、ちゃんと向けられる他者はいたことは確かだが、それぞれの人生でじりじりと疎遠になっていくことにちゃんと抗ってこなかった。お互いがお互いを疎遠にしていくならそういうことなんだろうみたいなくそしょうもない気持ちがあったし、僕だけが相手の裾をいつまでも握っていてはいけないと割と思うし、自分がされたらリアクションに困ってしまってうまく対峙できなかったことも過去にあったような気がするし。

 

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「あーそーぼ」って言えたことがほとんどないって言うのはたぶん既に書いているし、中がよい人には伝えている。

思えば昔から人と遊ぶのが苦手だった。

みんな僕はちょっと不思議な人と思っているだろうなと思わずにはいられない10代だったし、みんながしていること(たとえばゲームとかボール遊びとかカラオケとか)に興味が湧かなかった。興味がなくてもその場にいるみたいなこともとくにしなかった。

鍵っ子?だったので僕ひとりで家に居る時に友達がおしかけ(約束もなく家に遊びに来る)てきた時は庭の砂利の音を察知していないふりをしていたし、親やきょうだいが家に居る時には近所の図書館を避難場所的にしてひたする本を読んで「あーそーぼ」を避けてきた。

大学生になって一人暮らしになると、わざわざ「あーそーぼ」をされずとも、ただ僕の家に友人たちが居るがデフォだったので、「あーそーぼ」以前にただ一緒にいるは全然できて、だから「あーそーぼ」をされることもないし、ましてや自分からすることもなく友人といることに慣れることができた。

労働者になってからが難しい時代の再来であった。とはいっても、休日に酒を飲んだり、労働後に飯を食ったりはむかしの「あーそーぼ」とは違って、一緒にやるハードルが低いし、大学時代の友人や会社の同期たちが向こうから誘ってくれるのでなんてこともなかった。

コロナが流行して、友人たちはそれぞれ労働やパートナー関係、新しい友人関係に時間を割くようになって、僕だけは相変わらずひとりでフラフラしているし、自分から「あーそーぼ」をできないまま大人になってしまったので、除々に会う人ってのが少なくなってきたなと実感する。

あといっちゃんでかいのは、自分が誘われた理由が何か目的があるわけではなく、ただ一緒にいよとか茶を飲もうとかがめっちゃ嬉しいのに、自分からそういう目的のない「あーそーぼ」で誘っていいのかなで永遠とにのあしを踏んでいるっていうのがある。

何歳になっても目的なく会いたいをしていたけれど、相手はそれでも大丈夫なのか、大丈夫だとして頻度はどれくらいが相手のペースとして適切なのか、とかを永遠まよって結局「あーそーぼ」ができないよ!ぐずぐずだよ!をしてしまっている。

 

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誰かに対する静かな祈り。祈りの対象となる他者がひとりで抱えているものを知らずに祈ることは誠実なのか?その祈りを知ることとなった時に、「私の共有できない抱えもの(burdenに近いものを想定)を知っても祈り続けてくれるのか、祈ってくれるだけなのか」みたいなところまで想像してしまうと、その祈りは誠実なのか、では祈らないという選択はそれはそれで誠実と言えるのだろうか、みたいな感じがある。

ひとりで抱えなくてよくなることが救いなのであればその一助になれたらいいなともちろん思うが、自分がそんな他者であれるのかも関係性次第であるし、僕によるところも多分にあるだろう。

祈らないという選択はやはり残酷かもしれない、シンプルな”祈っている”よりもっと、こう、なんていうか、「私には分かりきれないあなたがいることを前提にそれでも祈っていてもいいだろうか?もしその祈りが負担になるのだとしたら、祈ることはやめる。もし、あなたの抱えているものを知ってもいい時が来たら私はいくらでもあなたと向き合って、抱えることはできなくてもそれを知っている存在として祈りでもなんでもできることをしたい、という意味で祈り続けたい」と言うことができるだろうか。的な。

 

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なんかどれをとっても駄目だなと思うし、でもそれが僕だよなとも思ってしまうし、まだまだ人生むずいな29歳である。

でもまあこうやって、苦手だし怖いけれど、できたらいいなとは思っているんだを少しずつでも他者に伝えられるようになっていきたいなだし、面倒くさくてもちゃんと伝わるようにエクスキューズがたくさんなことに諦めずにいたいんだと思っている(今日時点)。

 

2024/01/22時点でのこのブログの僕的

鉄壁/女王蜂

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冬より寒い

大学の後輩(って言っても大学時代の面識はないしなんなら3回くらいしか会ってことない)の人からIGのメッセージで「今どんな感じで生きてはるんですか?」って来て、返すのむずいな(うだつがあがらん生活しておるし)と気にしてくれるんのか(嬉しいな)のごちゃまぜの感情が発生した。

僕はたいして他者に対してどうしてるん?みたいな発話をしてこなかったんだなと改めて思う。相手がなにか話したいことあったら話してくるだろうし、僕から聞くんはなんかおこがましいみたいな気もあるけれど、結局僕はそういう意味じゃ冷たいというか人間に関心がないみたいな印象の一因かもなであって。けれどそういうのを向けられたら向けられたらで嬉しいって思う自分がいるのかになって、他者を避けるのも大概にしいよみたいな気持ちになってくる。

人と面と向かっていれば起こるようなことは人と面と向かう機会がなかったら発生はほぼゼロに近いわけで、どんどん駄目になっていってしまうのかもなみたいな冬の寒さより寒い未来はいややって一応ちゃんと思えているから、頑張っていきたいなあである。

 

Twitterには書きにくいことを書き残せる場所があってよかったなあと思う。

寝れねえなあってなる朝

先週、いつぶりか分からないくらい久しぶりに実家に帰った。

最寄り駅から実家まで、5.6km。いつもは母親が車で送り迎えをしてくれるが、駅についた時間は母親がピアノのレッスンをしている時間だったのと、ペニーボードを練習したかったので、徒歩で帰宅することにした。

利根川を渡る時の風の強さを健在で、妙に懐かしかった。10年ぶりに浴びた風。

歩きながら思い出す高校時代。実家から通える県内の高校は大学進学することが前提になっていなかったので、埼玉県の高校まで越境通学をしていた。高校3年間+浪人1年間の計4年間、家から最寄り駅まで5.6kmをチャリ。高校時代は家にいたくなったので、帰宅部だったのに、5時半に家を出て、6時5分の電車に乗って高校に行っていた。チャリ30分、電車25分、徒歩15分の計70分通学。帰りも遅くて、20時まで学校最寄りの市民図書館に行って、乗り換えの久喜駅のマックで2時間くらい本読んで、23時くらいに帰宅する生活をしていた。高校生なのに、1日の在宅時間が6時間半とかどんな生活だったんだろう。

思えば、高校生の頃から寝るのが苦手だった。家にいる時間が短くても、寝るってことが苦手だったので県外の友人と永遠とSkypeで通話する毎日だったし、睡眠時間が短かろうが5時には起きて登校準備をしていた。日中に眠くなるわけでもなくそれが日常だった。

大学生になって一人暮らしをはじめて、大学から徒歩数分の家には大体いつも友人たちが居て、帰宅してもひとりになることが少なかったから、やっぱり寝るのに慣れることはなかった。

労働者をはじめたら、家に帰るのは終電か終電後のタクシーみたいなのがわりとデフォな2年半だったのでまたまた寝るっていうのに慣れるタイミングがなかった。

それから無職になって、2社目に入ってからは新宿が徒歩圏内だったので夜な夜なゴールデン街や24時間営業の珈琲貴族エジンバラバルト9のレイトショーにお世話になっていたので、またもや寝るとは仲良くならない。

そんで2度目の無職、モロッコから帰国の時差ボケなのか、この1週間、未意味なオールをしたり、寝れたとしても朝6時過ぎに寝て、12,3時に起きるみたいになっている。ちゃんとしなきゃでもあるし、寝るの好きくないからはやく起きたいなのに意外と寝てしまっている。入眠時間はあれだが、睡眠時間だけで言えば健康に近づいているのかもしれないけれど、ストレスだなあってなっている。

さすがに早起きしたくて、昨日は24時に寝ようとしたのに、寝ようと頑張ると頭痛がはじまって寝れなくて、結局また寝れたのが朝6時であって、さすがに眠れなさすぎて涙が出てきた。

いままでここまで眠りたいと思ったことがなかったなとなって、自分にとってやっぱここまで難しいことなのか眠ることはである。そりゃいままで10年くらい、嫌いをやってきたので、今更仲良くしてよは睡眠側からしても今更かよではあるのかもしれないけど。むずのむずむずがむっずである。てかなまじ体力がある?のか、いまでも月に数回はひとりオールをしてるしそれで全然元気なんだよなあだ。

 

ロッコに居た時はあんなに健康的に睡眠していたからできないわけではないと思うんだけれども、否応なく生活の中に居座っている睡眠とこれからどうなっていけるんだろな今日である。

 

寝れる時でいくと、高校時代までは他人がいると余計眠れなくて修学旅行とかだといっちゃん最後に寝ていっちゃん最初に起きるみたいな誰にも背後はとらせねえみたいな感じだったけれど、大学入学以降は友人たちが騒いでいても眠くなったら寝るをしていたし、友達と布団のなかでちちくりあっていてもいつの間にか僕だけ寝ちゃうとかを平気でしていたのでそういうところに突破口があったりするのだろうか?だが、それの必要条件に他人がいるので汎用性がねえなでだめだこりゃである。

 

だからやっぱ寿命なんていくらでも捧げるので寝なくても良くならないかな〜〜

 

今日の僕的

枕男子オーイシマサヨシ

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2024年1月になったというか終わりが近いぽい

1月1日に出国、13日に帰国のスケジュールでモロッコに行って帰ってきた。大学を卒業してからの初めての海外旅行。そういや旅行っぽい旅行で海外行くことってあんまなかったなである。完全な旅行でいくと3回目、旅行っぽくないやつは5回なので計8回目の海外だったことになる。

旅行っぽい旅行、あんま得意じゃないかも思っていたけれど思いの外よかったなで帰国してから、次に行きたい国をリストアップしはじめた。安直じゃん自分である。

13日の土曜日の夜に帰国して、14日は荷物の整理とか洗濯とかをして普通に過ごしたが、15日はずっと寝てしまった。16日はハロワで失業保険?の手続きして一瞬実家に帰り、母親にお土産を渡す。「泊まっていかない?」と言われるがいつも通り数時間で辞去。実家は僕の居場所ではない。

帰宅して、数年ぶりの餅と母がつくってくれた中華ちまきを夕飯にする。食いすぎてねむねむになる。寝て起きて、『銀河英雄伝説』と『ハイキュー!!』を観てたらいつの間にか朝。

18日。目黒シネマで『アル中女の肖像』を観るために10時前に出発。なんで映画観るんにオールしちゃったんだろだし、館内は寒いしでうつらうつらしながら観たので記憶が怪しい。あんま観れる機会ない映画だし好きな感じだったのでぬんぬんであった。眠いし寒いしで続けて観る予定だった『フリーク・オルランド』は諦めて帰宅。帰宅した瞬間に目さめて、元気なって『ハイキュー!!』の続きを観た。

ハイキュー!!』をみはじめたのには2つ理由があって、僕が実家にいた時にはなかった『ハイキュー!!』が実家に積まれていたことと、どっかでみた宮侑というキャラクターがめちゃ好きかったからである。

侑くんが出てくるのはアニメのシーズン4だったのでいつでてくるん?でずんずん見進められてしまった。シーズン4でめっちゃ出てくるんけど、案の定、めっちゃ好きかった。久しぶりにPixivを開いた。双子の弟の治くんもめちゃんこよい。

気づいたら19日も全然朝、たしか7時くらいにはなっていて、寝た。起きたら14時で???になって、ドトールで茶をしばく。無職になって1ヶ月くらい経って改めて、貯金がいくらあるかを確認して、どのくらい出費がありそうかを確認。無職なのに月に30〜40万円金がなくなっていくぽくて、いやいや無理やんになる。無職2回目なのに前回どのくらい金がなくなっていったかの記憶が曖昧で困ってしまう。

生きていくのに結構な金が必要なの、精神によくないなあを実感してしまうの大学生以来かもであんま無職を謳歌できる気分じゃないのではないか今回!である。むずい。へらへらと、飄飄と無職をしていたかったのにな!

だらだらと料理をしたり、ぼーっとしたり、本をパラパラと読んだり、TVerで気になってたやつを流し見してたらまた朝になってしまったので、寝ずにドトールでモーニングしている今。

 

ハイキュー!!』みていて何回か自分の部活時代を思い出していてやっぱ柔道もっかいやりたいかもなと、男ばっかの空間とか絶対やだなの行動に繋がら思考がぐるぐるしていた。

そういや家族がでてくる夢で悪夢じゃない夢を久しぶりに観た。起きた時にそれに気づいた時に結構衝撃だったというか、少し安心したのを覚えている。そのままちゃんと他人になっていきたい。

人生これからどうしていこうかな会議を早急にしなくちゃいけないなと思って、とりあえず久しぶりの日記未満日記を書いた。

 

なんか日記は飽きてきたので、日記にこだわらずなんかへらへらとただテキスト書くとかにしていこうかなでもある。どうなるかは僕も知らんけど〜

 

今日の僕的
女王蜂 『夜天(STARRY NIGHT)』

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2023/12/15、16 アートワークショップatBUGとお散歩

2023/12/15(金)

不思議な夢をみた。メモ帳には

盲目の人の先導役、一部分だけ砂漠というか砂、100年の時、阿佐ヶ谷姉妹のみほさん

と書いてある。17日にこの日記を書いているが、なんとなくイメージは思い出せるが、どんな夢だったか詳細が思い出せない。わりと希望があった夢だった気はしている。どうしてみほさんが登場したんだろうか。

 

ドトールで昨日の『神とエイズ』のメモを読み返し、メモを清書する。

マヴKとのLINEで「ちりあくた」という単語はじめて知った。小説全然読まなくて、小説をよく読む友人たちの持つ語彙が分らないことがある。

Netflixで『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り 』を観た。

 

19時までにBUGに到着。

《渡邊拓也「公共空間における呪文の唱え方講座」バグスクール:うごかしてみる!参加型プログラム》に参加。

https://bugschool2023-1215watanabe.peatix.com/

普段、ワークショップ的なものが苦手だったのだけれども、先日観た渡邊さんの作品が好きだったこと・渡邊さんの配偶者の方におすすめされたこと・WSの運営に友人Kが携わっていることが後押しになり参加。

詳細は別でまとめているんだけれども、自分で考えたテキストが読解不可能な状態で他者身体を通して発話される経験など、まじアイオープン!な感じで、めちゃくちゃ刺激的だった。

5年ぶりくらいに再会した新卒同期とは特に話すことがなかった。

 

夜、外気がぬるくて風もあっていい感じだった。気持ちがよくて、REINOのアルバム《RAKASTA》を聴きながら、ぐにゃぐにゃ踊りながら歩いていたらサイコーだった。

t.co

 

あと、大田ステファニー歓人さんのすばる授賞式のスピーチがバチかっこよかったマジ。

 

帰宅して茶割を飲みながらずっとワークショップの技法を再現したり、何が起こっていたのかを考えていたら26時くらいになっていて、就寝。

 

2023/12/16(土)

マヴAとお散歩する予定のために原宿駅で下車。代々木公園を歩きながら待ち合わせ連絡をしていたら、Shibuya Publishing & Booksellersにいると返事が来る。代々木公園待ち合わせの流れで僕が行きたいと行った本屋、僕的には代々木公園で待ち合わせた後に散歩の延長線のつもりだったが、A的には本屋待ち合わせと受け取ったらしく、たしかに日本語不足だったなで、軽く走りながら代々木公園を通りすぎて本屋で合流。去年とか週1くらいで会っていたが、ちょっと久しぶりだったマヴA。オレンジ色の髪の毛が綺麗だった。人が多い本屋はお互い苦手なのと、気になる本はすべて僕の本棚にすでにあるなで、すぐに出て散歩をスタート。

代々木公園をふたりで歩いてあれやこれやを話す。久しぶりの雰囲気にはならない久しぶりをしていた。

歩いていて、Aに「だいきが(見た目)好きそうな人がいるよ」と言われて、その方向を見る。たしかに僕の好きな感じの見た目の人がいた。が、ちょっとリアクションがうまくできなくて、自分でもちょっとびっくりした。というのも、僕は8年前くらいにAに告白をして振られているので、Aと色恋の話をしてこなかった。し、僕のクィアネスについてはラベリングをしてこなかったし、明言も隠しもしてこなかったので、ここでいう”好きな人”が(見た目では)男性であったことにたぶんびっくりしたからだと思う。びっくりしたというのは、ポジティヴで、Aは僕をモノセクシュアルとしてみていなかったっていうことで。

そもそも僕の親しい友人たちは僕が何をいうでもなく、僕があんまり恋愛に興味を持っていないこと、モノセクシュアルではないことを前提としてコミュニケーションをしてくれる。まあ前提として、僕が誰かを好きとか恋人が欲しいみたいな発話も素振りもしなかったりだし、大学のはじめてのパーティーで僕が男子学生とキスをしていても誰も何もネガティヴなリアクションをしていなかったからそれが当たり前で大学生活をスタートしていたからってのもある。(はじめて同性とキスした瞬間は友達に囲まれていて、あれ僕、同性とキスしている?って自分でもなっていのたで、あんまそういうの気にならないみたいだ自分!って話で友人とその後盛り上がったくらいにみんな”普通”だった。)

(流れで書いてしまうが、モノセクシュアルとしてコミュニケーションされるうざさってのはあって、同性愛者が異性愛者に異性愛前提でコミュニケーションされるうざさに似ているかもしれない。ていうか、同性愛者に僕も同性愛者だと思い込まれてコミュニケーションされる時、そのうざさ自覚しろよにもなる。)

 

そんな、へ〜をしながら、地図もみずにふたりの勘で歩き続けた。大学時代に授業もサークルも放課後も1番くらいにずっと一緒にいたAだけど、労働者になってからはお互いが全然違う風に人生を進めている。だけど進めていくなかでぶちあたる壁みたいなこととか葛藤的なものは近くて、お互いにあーだこーだ言っていた。

ぐるぐるぐるぐる歩いてゴールとして門倉さんの《スピードレクイエム》を観た。僕は数日ぶりで、門倉さんにAを紹介する。その後は、新宿駅でAを見送って徒歩で帰宅。

結局15kmくらい歩いていた。

友人たちと会う時はほとんどが僕の家になることが多いので、永遠かなと感じるほどに友人と散歩するってちょっと新鮮でよかった。

 

他者の幸福と安寧を願うほどに知っている他者はそれほどいないかもしれなくて、けれどAの幸福と安寧を僕は心底祈っているなと思えたお散歩だった。

 

今日の僕的

踊ってばかりの国 『beautiful』LIVE@キネマ倶楽部(2019.11.10 )

(『下津光史歌集』から選びたかったけれどYoutubeにはなかった)

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2023/12/14 展示とお久しぶりと上映会

2023/12/14(木)

居住している建物の水道工事をしているらしくて、ドリル音で目が覚める。眠いぞだったけれど、ヤヴァ騒音で家に居るのする辛くなってくる。

とはいえ一通り家事をして、シャワー浴びて待ち合わせのために代々木に向かう。普段使わない駅すぎて、総武線で一本なのに頭の中では新宿で乗り換える気まんまんだった。

 

久しぶりのAさんと東口でこんにちは。Aさんは大学のパイセンの紹介で前にいっかい飯を食ったことがある。IGで22世紀ジェダイ/門倉太久斗(Instagramさんの展示をストーリーにあげたら一緒に行こう〜となり再開した。(一緒に行こうと言ってもらえるのは嬉しいが、会ってから時間が経っていたのでなんで僕?でびっくりした。僕にはそういう距離感が足りない。)

Gallery10[TOH]で12月31日までやっているスピードレクイエム〉門倉太久斗

リテラリー永遠に観ていられるんじゃないかなな作品たちがとても大好きだった。

『理想鉢(ランウェイ)』『理想鉢(スピードレクイエム)』のふたつは特に大好きで、最近は展示に行く度に、購入したい・が金がない・金を稼ぐか・いや労働は・・・はみたいなぬんぬんサイクル。

M60号のキャンバスサイズになんかぐっとくる。僕もあのサイズで描きたい。

てか12月31日までやっているとか、ちゃんと孤独な人にも優しくて大好き。

 

しっかり目に焼き付けて、Aさんとカフェへ移動。僕はサラダとモヒートを注文。久しぶりに1,000円越えるサラダ。1,000円越えるだけの満足感だったし、モヒートも他とは違う風味がして全然OKだった。

お互いの最近どうしてるん?から、社会のむかつく奴らとどうファイトしていくかとかを2時間弱ぶっ通しで喋っていた。うちらが強くあらなきゃなのは不服だけど、頑張っていこうみたいな着地。テラス席で終始眩しかった。

仕事に向かうAさんとバイバイして西新宿方面に移動。途中で前々職のセンパイを見かけたけれど、名前が思い出せないし、路上喫煙していたから特に目を合わせることもせずに通過。労働関連の人たちの名前がどんどん思い出せなくなっている。

 

ドトールでドミコのライヴを思い出したり、読書したりでキリングタイム!

そういえばライヴで知らない曲に出くわすと、身体は乗れるけれど頭は関係ないこと考えはじめちゃうみたいなことあるなと思う。それが、あの人もきっとこのバンド好きだろうなとかだと、発生しないifが浮かんできたりしてノイズになる。終始ライヴに僕を乗っ取られたいな〜だとやっぱバンドの曲は全網羅しておきたいなだった。逆にそこまでじゃないバンドは無理して行かないってのもひとつの手かもしれない。わりとノリでチケットとってしまうから。ライヴ狙いたいバンドは日頃から満遍なく耳慣らしをしておかなければだ。とか言っていて、前にサーキットイベントでたまたま聴いたぎがもえかの「破る」にひと耳惚れしたのは鮮明だから、どうしたもんだである。

 

夜の予定までまだ時間あるなどうしようでTwitterを眺めていたら、我喜屋位瑳務(Instagramさんのドローイング展示が神楽坂でやっているらしくて、よしと決めて移動。FAROで作品をみる。

手書きの線とかインクの重なりはやっぱ画面越しに観ているのと違うなだし、どのイラストもぎゅんぎゅんきた。

 

神楽坂の街を通り過ぎて東西線高田馬場へ。1時間、どうしたもんだで駅前のサイゼリヤで赤ワインとディアボラハンバーグを食った。ワイングラスが冷えていた。行儀がよくないけれどサイゼリヤでやってしまうのがディナーナイフだけでハンバーグプレートを完食すること。小さい頃も同じようなことをしていたなと最近サイゼリヤに行くようになって思い出した。ナイフ一本で、ハンバーグ・目玉焼き・ポテト・コーンを綺麗に食い切る。刺すに関してはフォーク優勢だが、切るはナイフ。刺すと切るだと後者の方がハンバーグプレートでは重要で、ナイフの刺すで事足りるからナイフ一本でいける。しかも、ナイフに刺して口にいれる感覚が昔からなんか好き。あぶねえからやめろと言われるが、なんかいいんだよなナイフ。

あとサイゼのポテトうまい。アンパンマンポテト的なやつだけどアンパンマンポテトはうまいと思ったことがない。そういや高校生の頃アンパンマンを真面目に観ていた。沖縄の御当地ヒーロー『琉神マブヤー』も高校生の頃にハマっていた。高校生になるまでアンパンマンも戦隊モノもろくにみたことがなかった僕に当時の彼女は沖縄から東京に来る度にマブヤーグッズを買ってきてくれていた。

 

TOKYO AIDS WEEKイベントで『神はエイズを観た。途中、直視するのが辛いシーン(血液や注射器を用いた描写)があったが全体的によかった。コロナとHIV/AIDSの2重苦をもたらしたブラジル政府に対しての批判という側面からしても挑戦的。ブラジル政府はHIVや肝炎関連の医療制度を後退させ続けている。世界で見れば根治・ワクチンには届かずとも確実に医療技術は進歩しているが、スティグマについては更新されずに、ブラジルのように制度自体が後退している現実もある。

上映が終わった後に直近読んでいる著者の人に、本を出してくれてあざますと伝えることができたのもよかった。

メモ:Serophobia、MTCT(mother-to-child transmission)、moral judgment、"positive but also depression"、poem、body expression、white-cis-gay centered、necropolitics

あらすじ(TOKYO AIDS WEEK HPより)

ブラジルに住むHIV陽性のアーティストと活動家や医師の8人が、世間の無知やゲイ・シーンにおける人種差別、そしてHIV/AIDSに感染した女性たちの存在が十分に知られていないことに対して声を上げる姿をとらえたドキュメンタリー映画!ブラジルに住むHIV陽性のアーティストと活動家/医師の8人が、世間の無知やゲイ・シーンにおける人種差別、そしてHIV/AIDSに感染した女性たちの存在が十分に知られていないことに対して声を上げる姿をとらえたドキュメンタリー映画。ダンス、パフォーマンス、詩を通して、HIVに対する新しいイメージを提示し、自分たちの身体と死に対する理解を深める。

監督:グスタボ・ヴィナグリ&ファビオ・レアル|2021年|82分|ブラジル

 

高田馬場のロータリーで一服して徒歩で帰宅。iPhoneの充電が切れていたのでたぶんこっちを繰り返して無事に帰宅。

 

今日の僕的

ROTH BART BARON - 月に吠える feat. 中村佳穂

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2023/12/13 ドミコライヴと友人の著書出版

2023/12/13(水)

やっとこさ天気予報が晴れと言っていたのでセーターを3枚手洗いする。面倒くさかったがそろそろちゃんと寒い。シャワーのみで浴槽がないので、でかいポリ袋に洗剤と水を入れてセーターを入れて、揉み洗い。手が痛くなることを見越しての3枚。残りは面倒くさいし洗濯機でもいいかなと思う。手洗いする3枚はいずれも母親からのお下がり。何年も着続けているけれど手洗いをする度に少し獣の匂いを感じる気がする。

コートもセーターもシャツも母親のお下がりの服が多い。針仕事が好きだし、自分じゃ買えないなな値段なので毎年少しずつ手直ししながら着続けている。祖父の着物や祖母・叔母の反物、母親の服、うえのSiblingsふたりは興味がないのかすべて僕のものになっている。とはいえ、祖父は僕が生まれる前に死んでいるし、祖母のことも叔母のこともあまり好きではなかったので、僕が袖を通し続けるのは母親のものだけだけれども。

案の定、3枚手洗いして、脱水してをしていたら腕が疲れた。そういえば昨日スーパーからの帰りに野菜と果物でいっぱいのビニール袋を持って帰るのが割と苦痛だった。重みでビニールが身体に捩じ込まれてくるのでまあそうかなんだけれど、明らかに身体の衰えな気がする。30手前でこの身体的を感じはじめてしまって、いつまで生きられるんだろうか。

 

月曜からの3日間で4回目のドトール。東京で安く自分の部屋以外に存在するためにはドトールが欠かせない。

 

帰宅して、野菜を処理するかのように簡単な料理をしていく。

トマト・セロリ・タマネギを塩・オリーブオイル・クミンシードで炒めてみじん切りしたレンコンを投入。カレーを試みるも、あんまカレーな気分じゃないなで、ここまでで終わりにしてみるで味見したら最強ミネストローネ風なやつで満足した。

大根も何に使おうかで迷うのもだるくて、輪切りにして味覇と水だけで煮てみたらうまかった。ピーラーで皮剥いて輪切りにしただけなので、ガチ3分クッキングだった。大根に興味なかったけれどリピーターしそう。うっすら透明で真っ白な大根だけだとちと寂しいので、鮮やかなコバルトブルーの皿に盛り付けてみた。せっかく自炊を再開したので、いい感じの器がたくさん欲しい。器ってどこで探すといい感じのが見つけられるだろう。(東京のうつわ好きSNSアカウントを探してみようと思う。)

 

新宿東口の地上に出たら、吉良さんと山添さんが街頭演説をしていたので立ち止まって聞く。旗には「物価高騰、ガザ侵攻、パーティー券、統一教会」と記載があった。特にガザ侵攻については共産党がんばってくれよの気持ちで、ガザ人道支援募金に1,000円を突っ込んで退散。

 

Zepp Shinjukuも初めてだし、ドミコのライヴも初めてだしでライヴスタート。

ノリでチケットとってしまって、当日に予習していたら半分くらい知らない曲で愉しめるのかちと不安だったけれど、ちゃんと愉しかった。照明がいい感じで、アップテンポな曲でたくさん踊りまくった。そういえばドミコのライヴでは、中高生無料招待枠があるらしくて、余計応援したくなる。

ライヴというシチュエーション、愉しいはもちろんなんだけれども、まじでいろんな人がいる空間なのが結構好きだ。まわりに自分の好きが被る人がそんなに多くないからかもしれないけれど、自分と同じ好きを持つ人が同じ空間に、しかもまじでいろんな人がいるっていうのがなんか毎回どのライヴでもぐっと来る。

アンコールの拍手も、初めてのライヴで「なんでみんな拍手してるん?終わったんちゃうの?」となったことを思い出す。初めてのライヴはドレスコーズだった。あと、途中から早くなった拍手のテンポをスローに戻す舵取りって誰がやってるんだろう。まあ拍手なんてまばらにみんなそれぞれのテンポでもいいんじゃんとも思っているけれど謎である。

 

ノリノリのままで徒歩で帰宅。

 

Twitterで大学時代のクラスメイトが著書を出すことを知り、TwitterとIGで勝手に宣伝した。今月発売なので売れるといいな〜(僕は予約した)

『台湾ホモナショナリズムー「誇らしい」同性婚と「よいクィア」をめぐる22人の語り』 花伝社、松田英

 

以下、サイトより引用

ーこの本の内容

台湾は本当に「LGBTユートピア」なのか?

22人のマイノリティの語りに向き合い読み解かれる、
揺れ動く台湾の実相と、いくつもの〈性/生〉の「現在地」


「台湾のホモナショナリズムとは、共同体としての異性愛規範は維持しつつ、台湾をアジアにおいて例外的に「同性愛に寛容」な場とし、(…)国家・文化的な優位性を特徴付ける形で、同性愛者を国家に内包する言説」であると同時に「「台湾という存在自体」を維持することに寄与している」──
(本書「おわりに」より)

 

ー目次
序章 「台湾=LGBTユートピア」像の広がり   
第1章 ホモナショナリズムはどのように語られてきたか
第2章 反婚視座をめぐるアンビバレンス
第3章 ナショナルプライドをめぐるアンビバレンス 
第4章 「われわれ台湾」vs「かれら中国」で見えなくなること 
第5章 国際同性婚における「一國四制」と理想的移民像  
終章 名もなき運動や声と共に
あとがき

www.kadensha.net

 

今日の僕的

ドミコ / こんなのおかしくない?

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